言い尽くせない感謝

自己啓発や聖書に関する事等掲載中。引用聖句:新改訳聖書©新日本聖書刊行会 英文聖句:New International Ver.

せっかく届いた学位記なのですが・・・

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 仕事の関係で、慶應義塾大学の卒業式には参列できないこともあり、学位記(卒業証書みたいなものですね)を郵送していただくようお願いしていました。

 卒業したといっても、卒業式に参列するわけでもありませんでしたので、(恐縮してしまいましたが)先日法学慶友会の皆様が卒業者として接してくださったことにより、ようやく卒業したのだな・・・という気持ちになりつつありました。

 ただし、学位記を目にしたわけでも手にしたわけでもなく、日々電車の中等で卒業前から研究している文献を読んでいることから卒業前と生活は何ら変化がなく、心の中ではなんとなく区切りがつきませんでした。

 そうこうしているうちに、ありがたいことに、卒業記念品や、慶應オンライン( https://www.jukuin.keio.ac.jp )へのアクセス用書類とともに、学位記が届きました。

 ところが、多少は卒業したという込み上げる想いとともに学位記をじっくり眺めようとしたところ、卒業記念品の包装紙に使われていたセロハンテープが、なんと学位記上の金のペンマークにペタッとくっついてしまいました。

 そのセロハンテープをはがすと、せっかくの慶應ロゴマークであるペンの金メッキがはがれてしまいました。(画像をみていただくと、ペンマーク右上の金メッキがはがれているのがなんとなくわかります。)

 別にセロハンテープが悪いわけではないので、何ら憤慨することはなかったのですが、さてこれはどういう導きだろう、神様はいったい私に何を教えたいのだろう・・・としばらく考えてみました。きっと、

 「あなたの学力はたががしれており、慶應大学を卒業したからといって高ぶった気持ちを持つと、あっという間にメッキがはがれますよ・・・」

ということなのだろうなと思いました。

 この学位記(のペンマーク)を今後見るたびに、「頭を垂れて、なお一層自己研磨することを忘れないように!」と自省していきたいと思いました。

・・・というのが、私の中に存在する「善人になりたい私の本音」ですが、もう一人私の中に存在する「善人になりきれない私の本音」としては、メッキとわかっていてもはがれて欲しくなかったですねえ~やっぱり・・・。上りざかあり、下りざかあり、「まさか」ありの私の人生を象徴するような出来事でした。
 
 私の金メッキの話はともかく、これから慶應通信への入学をお考え等の方は、画像をみていただき、通学生でも通信生でも同じ学位をいただけることをご確認いただければ幸いです。

 たまたま今年2009年3月に私は卒業させていただくことになりましたが、これから卒業なさる方々に、いろいろな意味・形であっという間に追い越される存在になってしまうと思います。法学慶友会だけをとってみても、そういった方々が少なからずいらっしゃいますので、将来そういった方々に見捨てられないように、「善人になる努力をする」だけは忘れないようにしたいと思います。

 
 私が善人になりきれないために日々苦労を掛けている妻に今夜くらいは心より感謝するとともに、孫の顔を一度も見ずに急病で天に召された妻の亡きお父さんに対して、伝統ある慶應大学から頂戴したこの学位記を捧げたいと思います。


”all of you, live in harmony with one another; be sympathetic, love as brothers, be compassionate and humble.
Do not repay evil with evil or insult with insult, but with blessing”
(1 Peter 3:8-9)

「あなたがたはみな、心を一つにし、同情し合い、兄弟愛を示し、あわれみ深く、謙遜でありなさい。
悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなさい。」
(ペテロ1 3:8-9)